−サブリミナル ルービックキューブ−

〜2〜

きーきー。きーきー。鼠の鳴くような声。紫と茶色を混ぜたような色の世界。
終りも見えない。ただ紫と茶色を混ぜたような色。
さっきから足元を何かが走り回っているのだが、暗くて上手く認識することができない。
相当な数だ。
きーきー。きーきー。鼠よりは愚鈍で。
俺は足元に手を伸ばし、指に触れた一体をつまんで拾い上げる。
暗闇に目を凝らしてそれが何なのか認識しようと努力する。

小さな人。

鼠ほどの大きさの、人だった。
俺の指に首根っこを捕まえられ、それはばたばたと足を動かす。
ばたばたばた。
ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばた。

醜い顔だ。俺は思う。
だが、目を離したらすぐに記憶から消えてしまいそうな、個性の無い顔。
ばたばたばたばたばた。
ただその顔を眺めていると無性に腹が立った。何故だろう。
人を不愉快にする空気をそれは吐いている。

えーい、ばたばたばたばた暴れるな。
俺はものすごく不愉快な気持ちになり。

       
ぱくっ。

食った。
あまりの鬱陶しさに、俺はその小さな人を食べた。
むぐむぐ。ぷちゅっ。
何かが口の中で弾ける。
何故そんな行動に走ったのか、俺も自分が理解できなかった。
けれど、そうするしかなかったのだ。
とにかく食べてしまいたかった。
不愉快さを胃液で溶かしてしまいたかった。

カニバリズムだろうか。食人主義。

小さな人はしばらく俺の口の中でばたばたしていた。
生け造り、という言葉が頭をよぎる。
きーきー。むぐむぐ。ぷちっ。ごりっ。
あぁ骨の存在を忘れていたな、と思う。
あまりに小さいので意識の上で認識できなかったのだ。
あと髪。
俺はその小さな人を吐き出した。
もはやそれは人というよりも、ただの骨と髪であったが。
吐き出された残骸は、ぴちっ、と音をたてて俺の足元に落ちた。
靴が汚れていなければいいが。
3週間前におろしたばっかりの白いテニスシューズ。

俺はまた足元に手を伸ばすと、別の小さな人をつまみあげた。
個性の無い顔。さっきと同じに見える。
ぱくっ。むぐむぐ。きーきー。ばたばた。ぷちゅっ。ぷちっ。ごりっ。
あぁ何故だろう。俺は自分でもよく訳がわからないまま、小さな人々を食べ続けた。
でも、そうするしかなかったのだ。
あっという間に俺の足元には骨と髪と、それに付着した肉と血の山ができる。
何故俺は小さな人なんかを食べているのだろう。
けれどそうするしかないのだ。
足元の小さな人を掴む手は休まない。
だけど大丈夫だ。俺は思った。

大丈夫。これは現実ではないから。

何故か強くそう認識していた。
大丈夫。現実ではない。
夢を見ているときのあの感覚がさっきから頭を支配している。
大丈夫。オーケィ、食べろ。気の済むまで。ノープロブレムだボーイ。
ぱくっ。むぐむぐ。ばたばた。ぷちゅっ。ぷちっ。ごりっ。

そして肉の山の大きさと比例して俺も大きくなっていく。
ぐんぐんと。ぐんぐんぐんぐん。
小さな人を自分にして大きくなっていく。
食されたものは常に食した者の糧となり肉となる。
小さな人々は常に俺の糧となり肉となり、
俺は大きくなる。
ぐんぐんぐん。ぐんぐんぐんぐん。

しかし。
しかし、である。
全ての物事には、常に限界がある。
たとえ夢の中であっても、それは常にそうなのである。
そして、俺は悟る。限界を。
止めどない暴力的な食欲の限界よりも先にやってきた、皮膚の膨張の限界。
そこを超えれば、あとは。
ぐっ。ぐっ。ぐっ。
それでも手は休まず、行動は意識の枠を超え一人歩きを始め。
ぐっ。ぐっ。ぐっ。
頭が、不自然な形に膨れ上がっているのがわかる。
そう、俺の中に入った小さな人々はさっきから、頭にばかり溜まっていく。
何故だろう、俺の脳はそんなに魅力的か?
そして、限界の限界。行く末は見えている。

本日三つ目だ。
いったいいくつ頭があったら足りるっていうんだろう。
    
ファック。

喉が渇く。
何か、何か飲めるものを与えてくれ。
サムシングトゥードリンク。
この際ガソリンでも構わない。
喉が渇く。
あぁでも。
でも。
すんっ

to be continued

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