−神とコーラとアメリカンな午後−


太陽が真ん中よりちょっとだけ西に傾き始めた休日の午後、俺は空いた電車に揺られていた。

好きなバンドが雑誌に載るので、それを探しに近所の本屋まで行ったのだが見当たらず、

そこらじゅうの本屋を探し回ってふと気付くと隣の駅まで来てしまっていた。

まあ、たまにはこんな日も良いだろう。久しぶりに沢山歩いた。

やっと見つけた雑誌を本屋の紙袋から取り出し開く。表紙はいわゆる「ビジュアル系バンド」だった。

化粧をした顔でこちらを見つめている。人生色々だ。と、なんとなく思った。

しかしその色々を思い切り強引に2つに分けるとすれば、それはやっぱりどこかの先生が大声で言う通り、勝ち組と負け組なのである。

俺が今握っている紙の中の笑顔は確かに勝ち組であるし、それを眺めている俺は負け組なのだろう。今更悔しいとも思わないが。

突然ツンとした消毒の匂いが鼻をついて顔をあげると、若い母親とその子供が座っていて、

菓子でべたべたになった子供の口を母親がウエットティッシュで拭いてやっていた。

あの子供は勝ち組に行くのだろうか。


俺は植物になってしまいたい、と思った。

最近ときどき同じことを考える。

それも、プランターの中のチューリップなんかではなくて、山奥でひっそりと育つ木が良い。

馬鹿で無責任でそのくせそんな自分が大好きな人間なんかが触れることのできない、しっかりとした木になりたいと思う。


隣を見ると、太った男が一人でアーモンドをむしゃむしゃと食べていた。

アーモンドの匂いは青酸カリの匂いと同じだと、昔誰かに聞いた記憶がある。いや、古畑任三郎だっただろうか。

とにかく、そのアーモンドの香りが本当は青酸カリなら良いのに、と思った。ぼんやりと。

負け組同志仲良く白目を剥いて死ぬっていうのはどうだろう。うん、悪い気分じゃない。


俺はさっき駅の売店で買ったコーラを一口飲んで窓の外を見た。

東京と言えども、都心からはかなり離れているので自然が多い。実際、線路の向こうは道を隔てていきなり林だ。

その時だった。

「んあぁ」

俺は一瞬我が目を疑った。

林の手前の道に、赤い服を着てカウボーイハットをかぶった大柄な男が立っていた。

よく見るとどうも外人のようだ。なかなか恰幅が良く、口元には髭を蓄えている。

別に人がいるだけなら珍しいことではない。ではない・・・のだが。彼は光っていたのだ。

いや、マジで。背中から、金色の光を発していたのだ。後光。その言葉しか相応しい言葉が見つからない。うん、後光。

後光がさしている人。といえば。

「・・・神?」

俺はいちおう無神論者であるが、後光がさす人イコール神、これはもう固定観念である。

ていうかもう神にしか見えなかった。あまりに眩しくて俺は目を細めた。

「神様・・・だろ?」

すると、彼は突然こっちを振り向いた。

そして。

ニカッ!

彼は歯を思い切り見せて、確かに俺にむかって笑った。バッチリと親指を立てながら。

「オーイエス!」

そう言ったのが聞こえた気がしたが、さすがにこれは気のせいだろう。

いや、もしかすると神ならできるのかもしれない。電車の中と外で話すことだって。


電車は遠ざかり、彼はすぐに見えなくなった。

だが俺はしばらく、彼は「何の」神だったのか考えていた。

ふと、手の中のペットボトルに目がいった。

・・・おぉ。

・・・コーラの神か。

根拠は皆無だが、なんだかとても強くそう思った。

神ならできるのかもしれない。人に強くそう思わせることだって。

神ならできるだろうか?負け組を勝ち組に引っ張り込むことも。

むしろ、負け組と勝ち組でしか人を見られなくなった俺の境界線を消しゴムで消すみたいに無くすことを。


とりあえず、アメリカンだけあってなかなかファンキーな神だ。

俺はそう思ってコーラを一口飲んだ。

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